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花壇を作る 2 [今日のこころ]

不思議な感覚だった。
遠い昔の自分に出会う感じがしたのだ。

野菜を育てるための花壇を作るためには、
その部分の庭の砂利を取り除くことから開始だった。
ザラザラとスコップで掬って山にしていく。
腰を傷めないように気をつけながら…。
なかなか思うようには進まない。
こんなふうに気が向くままに作業で体を動かしたのは何十年も前のことだ。
粘土質の土でも使える土を少し残そうと、
掘った土を使い古しのザルに入れてふるってみた。
そうしていたら、幼い頃のことが急に…。

幼稚園に通っていた頃、遊び道具の中で一番篩が好きだった。
遊びの時間をいっぱい使って、篩に土を入れてふるい続ける子だった。
雑多な物が混じった土をふるう。
何度もかけると下にはサラサラのきめの細かいものが落ちる。
その手触りが好きだった。
篩の中には色とりどりの小さな石が溜まり、その中で一番綺麗だと思う石を探す。
探した綺麗な石を眺めるだけだ。
遊びの時間の終わりにはまた分けたそれらを全部元に返す。
他愛ない、それで何かが生まれるわけでも無い、無為な作業。
何も考えず、怖いことも人との争いも忘れていられる時間。
今にして思えば、幼かったのに大人のように人間関係のストレスを感じていたのだ。
篩が出払ってしまって使えないと酷くがっかりした気分になったものだ。

ザルの間から土が落ちる。
触ると、あの頃のようにサラサラの触り心地だ。
ザルに残った硝子の破片を不燃ごみに。
石を取り出して砂利の中へ、固まってしまった硬い粘土を処分用のゴミ袋へ。
ふるうことで土がはらわれて、本来の石の色が見えて来る。
綺麗な石に目が行く。
変わっていない自分。
いや、
今やっとあの頃のように自分の時間を持てるようになったのかもな。
現実の苦痛から離れてぽっかり空いたような、心が無になれる時間。
これもマインドフルネスの一種だろうか。
ぼんやりと同じ作業を繰り返しながら、自分をも篩にかけているような
不思議な感覚を味わっている。
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